今さらながら「罪と罰」!?

 

 

 

とりわけ19世紀のロシア文学が、

日本の近代文学に他の外国文学と共に、

永続する大きな影響を及ぼしたことで知られています。

ここで、ご紹介するのは、

ドストエフスキーの「 罪と罰 」という

大長編小説です。

 

他に彼の作品で有名なものは、

「地下室の手記」や「カラマーゾフの兄弟」です。

 

 誰でもが興味があり読んでみたい一冊である

「 罪と罰 」です。

 

しかし、

書店へ行くとその作品の長さに圧倒されて中々、

気軽に読むと気分にはなれないと思います。

 

そんな難しい本を少しでも分かりやすく紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

こういう長編小説の場合、

上巻は斜め読み

下巻をよく読むという方法があります。

 

起伏(きふく)にとんだ

ダイナミックな劇的なことは

下巻によく書かれているからです。

 

しかし、そうはいってもやはり、

正しい読書の仕方ではないのでお勧めできません。

 

 

この「 罪と罰 」を紹介した記事を

十分に参考にされながら読まれると、

ダイナミックで起伏の多い長編小説であることが分かり、

退屈することはなく読む以前からドキドキ、
ハラハラすると思います。

 

 

漫画・コミック

 

また、活字がどうしても苦手という方には

漫画でもありますので、それがお勧めですね。

 

 

  

 

  

 

 

「罪と罰」のあらすじ 

 

非常な貧しさが原因で、

大学の法学部を中退した青年ラスコーリニコフが

この長編小説の「主人公」です。

彼は、高利貸しのあくどい老婆を殺してしまう

怖しい完全犯罪を企てます。

そして、

それを実行に移すのです。

 

 

 

 

主人公ラスコーリニコフが

高利貸しの老婆を殺すには

彼なりの次の理由がありました。

 

 

社会において害悪(がいあく)しか

もたらさない存在であるその老婆を、

自分のような特別な才能を持った優秀な人間には

当然許されるべきだという

独特の考えを持っていたのです。

 

犯罪者がよく言う独特の身勝手な考えですね!?

 

 

彼は、残酷にも老婆に斧を振り下ろし殺害しました。

しかし、

運の悪いことに、

たまたまそこに帰ってきた

罪のない老婆の娘をも殺害することになったのです。

 

 

そのことで、

彼の初めの理屈は壊れ始めて来ました。

 

罪のない老婆の娘:排除していい存在では無かった。

 

 

 

彼は、そのことが原因で、

熱に浮かされ精神のバランスを崩しそうになりながら

ペテルブルグの街をさまよいます。

 

 

母や妹の肉親の愛情も、

友人が心配してくれる気持ちも

彼に取っては、遠ざけたいだけでした。

 

 

ラスコーリニコフは、

酒場で知り合いになった

飲んだくれの退職官吏マルメラードフの事故死に

居合わせたことで、

その娘、ソーニャを知ることになります。

 

 

後に、

このソーニャが

彼に圧倒的な愛情

信仰深さで彼を救済することになるのです。

 

 

ソーニャは実に信仰深い娘でしたが、

極度に貧しい家族を養うために娼婦となり、

お金を稼いでいたのでした。

 

 

やがて、ラフコーリコフは、

彼女の

「自己犠牲」の精神

罪と共に

「人類すべての苦悩」を認め、

自分自身と似ている点や

強い絆(きずな)を感じるようになっていくのです。

 

 

そして、ラフコーリコフは、

そのソーニャだけには、

自分の犯した罪を告白します。

 

 

スヴィドリガイロフという男は、

ラフコーリコフの妹に非常な欲望を感じ続け、

ペテルブルグ街にまでやってきます。

運の悪いことに

ラフコーリコフが罪をソーニャに告白しているとき、

彼がそれを偶然立ち聞き入ってしまうのです。

 

彼は、影のように

ラスコーリニコフにつきまとうのです。

 

そして、この男は、

彼の弱みに付け込み

彼の妹をおもうがままに

しようとするのです

(ずる賢い)

 

 

しかし、彼女に強く断られ、

絶望のうちに自殺するという惨劇が起きます。

 

 

一方、

老婆殺しの事件

精神的側面

現実的なこととの絡みから起きた点

着目した予審判事ポルフィーリイは、

容疑者である主人公のラフコーリコフと

対決することになります。

 

予審判事のポルフィーリイは、

彼に自首することを勧めます。

 

 

余儀なく自首を決意した彼が向かったのは

何とソーニャのところでした。

 

 

彼は彼女から、

「十字架」を受け取り広場へ近づくと、

彼女のいった通りに大地にひれ伏し口づけをし

許し乞(こ)うのでした。

 

 

神にそむき、

人間として道理を踏み越えた彼は、

ソーニャを通して神と出会い、

みずからの罪をみとめたのでした。

 

 

そして、彼は、

ソーニャと共に流刑地に出発するのでした。

 

 

 

「罪と罰」のキャスト(登場人物)

 

①ラスコーリニコフとは

 

この物語の主人公です。

23歳の極貧状態にいる

職についていない元法学部の大学生です。

今でいうと

引きこもりがちでプライドが高く、

情緒が不安定な気難しい性格で、
疑い深い冷静なところがある複雑な人物です。

 

②ラズミーヒンとは

 

主人公ラスコーリニフの心許せる友人です。

ラスコーリニコフとは対照的な性格です。

明るく真面目で面倒見がよい青年です。

ラスコーリニコフが潔白であることを

最後まで信じていました。

 

③ドゥーニャとは

主人公ラフコーリニフの妹です。

意思が強く、教養があります。

そして、聡明な美人で多くの男性を惹きつけます。

しかし、自分の意に沿わない彼氏と、

ラスコーリニコフと母のために、

婚約をすることになります

 

 

④ソーニャとは

 

ラスコーリニコフが

罪を告白する最初の女性であり

主人公と共に

この物語の中心的な役割を果たします。

 

非常に貧しい家族を養うために

家族のために娼婦になります。

しかし、

それとは別に

苦しい状況の中でも、

神の存在を信じ、

人を愛する美しく

純粋な心の持ち主です。

 

 

⑤スフィドリガイロフとは

 

既婚者であるのにかかわらず、

多くの女性と関係を持ち、

家庭教師としてお願いしたドゥーニャに

非常に惹かれ強い恋心を抱くようになります。

また、

ラスコーリニコフが

ソーニャに罪の告白をしたとき、

偶然にもそれを絶ち聞きします。

そのことを聞いたことを強みに

ドーニャにせまりますが、

彼女の強い意思に破れ自殺します。

 

 

⑥ポルフィーリー・ペトローヴィチとは

 

彼は、予審判事です。

彼は、鋭い直観力や深い観察力を武器に

ラスコーリニコフの言動を分析します、

そして、

心理的な証拠を彼から導き出すことに成功するのです。

頭脳明晰(ずのうめいせき)な

ラスコーリニコフのとの

やり取りは、見どころで 

鬼気迫るところがあります。

 

 

⑨アリョーナ・イワーノヴナ

 

ラスコーリニコフに殺された老婆です。

意地汚い高利貸しをやっていました。

 

「 罪と罰 」は、大変な長編小説ですので、

「登場人物」だけでも人数が多いです。

 

細かいことをいうと、

ここに名をあげていない人もいるくらいです。

 

こういう場合は、

主に活躍する「登場人物」をおさえておくのがコツです。

 

次の「登場人物」です。

 

〇ラスコーリニコフ

〇ソーニャ

〇ルージン

(主人公のラスコーリニコフの妹のドゥーニャの婚約者です。)

〇ニコライ

(主人公のラスコーリニコフが老婆を殺害したとき、同じアパートにいたペンキ屋です。

初めは無関係でしたが、

ちょっとしたことから老婆殺害の容疑者になります。

それで事件は思わぬ方向にこじれていくのでした。)

 

●マルメラドーフ、ソーニャ、ドーニャ、

スフィドリガイロフ、ルージンと

運命に見放されたようなシニカルな人々は、

ラスコーリニコフを際立たせるために登場するのですが、

とはいえ、

ひとりひとり自分の立場の理由づけをし、

生き生きと描かれています。

 

 

話のストーリー全体をつかむことが大切ですので、

登場人物を全員覚えようとしたりすることは、

やめましょうね。(余計に難しくなりますからね・・)

 

 

「罪と罰」は分かりやすくいうと今では

 

 

ラスコーリニコフは、

凡人法律に従う大衆であると考えていました、

また、

非凡人は、

法律を作る選ばれた少数者であると

考えていたのです。

 

 

さらに、

社会的改革のためには

障害を踏み越える権利がある

とも考えていました。

 

 

この考えに従った彼は、

経済的に人類の幸福に貢献するなら

しらみのような意地汚い老婆を殺すぐらい何でもないことで、

自分にはその権利があると確信していたのでした。

(ネジ曲がった理論)

 

ここで忘れてはならない存在は、

ドストエフスキー(作者)の想像した女性で

最も可憐な女性であるソーニャです。

 

 

彼女は、

キリストという神の国の神秘をも表現しています。
ソーニャは

キリストと一つの神秘を共有しているのです。
彼女は、キリストと意を通じているのです。

 

 

ラスコーリコフが、

彼女に、彼の独特の考え方を話し、

どういう人間が生きる権利を持ち、

どういう人間が生きる権利を持たないか?

問題にしたとき、

こう答えています。

「だって、

わたしは神様の御心(みこころ)はしりませんもの・・・・

でも、

なぜそんなことを問題になさるの?

それは、問題にしてはいけないことでしょう?

一体何のためにそんなことを問題になさるの?」

 

 

それは、

ソーニャのキリスト教信仰で、

究明されることができないことや、

われわれ、

人間が触れてはならないことを

神の聖なる意思として表しています。

 

 

ソーニャを通して、

ラスコーリコフは、

神の宇宙的な広大な世界へと包み込まれます。

 

 

さらに、ソーニャは、

「なんだってあなたは、

ご自分に対して

そんなことをなさったの?

 

いいえ、

 

いまこの世で

あなたほど

不幸な人間はいないわ。」といいます。

 

 

ここの

ラフコーリコフとソーニャの

やり取りが斬新(ざんしん)であり、

この物語のクライマックスだと思います。

 

ヒューマニズムであり、

恋愛感情とも似た深い愛情表現です。

 

ヒューマニズム
 人間にとって 人間が最高で、人間性こそ尊重すべきものだとする、態度・思想傾向・世界観。

 

若い娼婦ソーニャのおかげで、

ラスコーリコフは、

とうとう真の自由を手に入れることができたのです。

 

その自由は、

傲慢(ごうまん)さに満ちた自由ではなく、
「人間は神ではない」というシンプルな、

わかり易い前提にある自由だったのです。

 

 

神の存在があるからこそ、

人間も存在しているのだという

シンプルなことです。

つまり、

神を認めないと、

自分をも否定してしまうことになるということです。

 

 

神になりたいと強く願うことは

人間として死んでしまうことを意味するのです。

 

同級生のタケさん同級生のタケさん

ここらへんは、

クリスチャンではないわたしたちには

分かりにくいですよね。

管理人:パピプペ管理人:パピプペ

キリスト教の世界とは、

こういう考え方をするのか!と言う事ですね?

日本人は「無宗教」と言われるぐらい。

宗教に関しては普段気にかけない民族なので、

宗教の心はわかりにくいです。

 

 

ラスコーリコフは、

なぜ、あのとき自分が

あんな大それた考えにおちいったのか

分からなくなりました。

 

すべて、

ソーニャの優しい言葉のおかげでした。

 

 

 まとめ

 

「 罪と罰 」は、

自分を「選ばれた少数者」と思い込んだ

ラフコーリコフという青年が、

現実で実際に犯した殺人から始まります。

 

 

それが、

単純に警察の捜査が始まり、

彼の逮捕で終わるのではなく、

沢山の付せんがしかれています。

 

彼の心理的な内部世界と

現実の世界が、細かく描写されています。

 

そこには、

ソーニャという

キリスト教を強く愛する女性の出現によって、

大きく小説の路線は変わります。

 

ラスコーリコフは、

ソーニャを通して神の世界を知りました。

 

もちろん、キリスト教です。

 

そして、

彼は神の世界に包み込まれることで

人間性を取り戻すのです。

 

その点が、

広大な大地を背景にダイナミックに描かれて、

誰でもが共鳴するところだと思います、

 

 

ソーニャとラフコーリコフとの

関係や

強い絆が非常に重要です。

 

 

彼は最後には、

ソーニャのキリスト教信仰に負け、

言い換えれば、

ソーニャの「愛」に負け、

自首するのです。

 

そして流刑地(るけいち)であるシベリアで、

囚人たちに疎外(そがい)され、

その囚人たちが

彼に同行したソーニャを慕(した)い、

尊敬すらしているのです。

 

 

ついに、

自分の思想の敗北を認め、

ソーニャに真実に屈服することになるのです。

 

お時間があったらキリスト教について学びたいとも思います、
なお一層、作品理解につながると思うからです。

 

そう考えると

宗教にのめり込む人も

気持ちも分からなくは無いように感じます。

 

なんせこれだけの宗教があり、争いも起きている現実。。

 

表面的な平和の日本。。

なにか深く考えさせられる所がありますね。。

 

最後までご覧頂き有難うございました。