飛行機爆弾 桜花
ETV特集
「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」
で放送される。
興味が出たので調べたが・・・・・
複雑な気持ちです。
特攻兵器“ 桜花 ”
日本海軍が太平洋戦争中に開発した特殊滑空機(有人ミサイル)である。
特攻兵器として1944年より開発され、1945年(昭和20年)から実戦に投入された。
結局
この桜花は目標に向かって
飛んでいくのでは無く、
母機になる飛行機に吊るされて
目標付近で発射され体当たりする。
全長 | 6.066m |
---|---|
全幅 | 5.12m |
全高 | 1.16m |
自重 | 440kg |
全重量 | 2270kg |
速度 | 1040km/h(急降下突撃状態の速度) 648km/h(水平時最大速度) |
航続距離 | 37km(投下高度によって変化) (⇒高度7千で投下して約60km) |
主武装 | 1200kg徹甲爆弾 |
副武装 | 無 |
エンジン | 固体ロケットエンジン |
出力 | 推力800kg×3 ただし毎本の稼働時間は9秒 |
乗員 | 1名(脱出装置なし) |
スゴイですね、
この時代は「人間魚雷」や「有人ミサイル」を
作ってでも相手の戦艦を爆破する事に
命をかける。
小さい島国の「日本」が
大国アメリカに勝利するのは、
それぐらい大変だったんですね?
いまのテロの犠牲になってる
「自爆テロをやってる人」と「テロをやらしてる組織」と
当時の日本は何ら変わりないように見えるのは
私だけでしょうか?
一番かわいそうなのは
「今も昔も」その行為を
「正義」だと疑わずやらされてる人たちですね。
そして一番悪いのは
「その行為をさせている 国 や 組織 」。
大田正一
1912年8月23日
山口県熊毛郡室津村(現・上関町)に生まれる。
名古屋で育ち、高等小学校卒業後、
1928年(昭和3年)6月
海軍普通科電信術練習生を
志願して呉海兵団に入団
最終階級は大尉。
特攻兵器「桜花」の発案者
名前を失くした父~素顔~
大田は基地から
離れた金華山沖の洋上に着水し
漁船に救助され生還。
記憶喪失では無く、自ら偽名を乗った。
「名前を失くした」のでは無く
捨てたんですね!
どういう心境だったんでしょうか?
戦争の混乱に乗じて偽名で作るって?
まともな普通の考えでは無いですね!
過去の自分・家族とも縁を切るッテ事ですから。
行方不明者として名乗り出ることもなく、
戦後の混乱に乗じて別人を装い新しい戸籍を作成。
このことから自分が「発案者」としての後悔や、
世間からの迫害を恐れ
自ら「飛行機爆弾 桜花」の事を
無き物として扱おうと心に決めた
覚悟が見えます。
犯罪を犯した人が
度々こう言う行動を移すようだが
「別人」を装いこれからの人生を送るのは
並大抵の覚悟では出来なかったと思います。
戦乱の世の中で、「誰が生きているのか、死んでいるのか」
分からなかった時代だから出来たんでしょう。
いまの世の中では仕事を探すにも
「制約」が出てくるので、
正規では無い仕事で補償も
無いような仕事などしかつけないでしょう。
近年の「偽名での逃亡」
2007年の事件で「逃亡中の偽名」で
有名な「市橋達也」ではないかと?
テレビで逮捕の報道が連日されたのが、
最近のようだ?
「市橋達也」被告のように偽名で仕事を探すには
「住み込みでの仕事は解体現場や建設現場を選んだ」とあるように。
住み家を借りるにも「偽名」で貸してくれる所は無いし、
すべてにおいて
今は偽名での生活は相当制約される生活だろう。
それでも
「青木薫」を名乗り
各地を転々としつつ、
家庭を持ち二人の子供を儲けた。
1994年12月7日、
京都市左京区の日本バプテスト病院にて癌で死亡。
以前は「自ら命を絶った」と記されていたようですが?
戦争と言う一種の行為が「人を狂わせた」んでしょうね。
戦争に勝つためには
「どんな犠牲も辞さない」覚悟で、
上官が言う事には逆らえない
そんな時代なんですね。
本当に今の時代からすると
何て理不尽な事を
平気で行う時代だったか?
大田を追跡調査した作家秦郁彦は、大田の桜花発案の背後に誰かいると思っていたが、大田探しの過程で彼に対するイメージは少しづつ変わっていき、桜花の着想は大田のオリジナルだと思うようになったという。作家柳田邦男も「大田少尉は結局、時流に乗った目立ちたがり屋の発明狂でしかなかったのかも知れない」と結んでいる
難しいですね?
戦争により色んなものが発明・開発された、
科学者の人も今より、スゴイ物をと・・・
初めは単に科学の探求で発明する喜びだったかも
知れないが
次第に戦争により、
自分が作った物により人は亡くなると言うのは、
段々感じなくなり、
少しづつ正当化していったのではないかと??
発案者の「大田正一」もそんな人だったのかと?
犯罪者の人が勘違いする
「俺が世の中をよくする・そのためには多少のリスクもしょうがない」
そんな感じだったとかも?
ネットの声
神立氏が触れている通り、Wikiの記述は伝聞情報を元にした大田正一という男の世間一般における印象なんですね。それを頭に入れておいた上で、改めて番組で真実の大田像に触れてみる。そうすると、より深く一人の男が生涯かけて背負い続けた苦悩が描き出されてくるのです。
— 有馬桓次郎@『ステラエアサービス』第2巻発売決定 (@aruma_kanjiro) March 19, 2016
ETV特集に桜花に乗る予定だった大田正一の部下(91歳)が登場し大田の息子に語る。「特攻は戦時中は神だったが戦後はチンピラ」
一方、神から象徴と呼ばれる人間に変わり、その名の下に多くの人々を死地に追いやっても責任を問われることなく、国民主権に変わった世でも崇拝される存在がある。— 若葉 緑 (@wakaba211) March 19, 2016
ETV特集にて「桜花」の発案者大田正一が名前を変えて戦後を生き延びたことを知る。自殺とみなされ戸籍を抹消されたため定職は得られず、兵を死に追いやった罪悪感に悩み家族にも心を閉ざした苦しい日々だった。戦犯容疑者が一転総理大臣になるようなこの国で苦しみ続けた大田はむしろ誠実に見えた。
— 若葉 緑 (@wakaba211) March 19, 2016
桜花の発案者大田正一は終戦直後に自殺をはかったが、生き残って戦後も偽名で生活していたというが…その際様々な噂が流れたし、仕返しされたとの話もあったみたいだが、そのうわさ話のネットワークとかアンテナのはり方凄いなって思う
— 熊谷杯人⭐︎巻きシッポ帝国 (@kumagaihaito) March 19, 2016
大田正一をとりあげたETV特集。観ているあいだ腹部を鈍器でうたれたような息苦しさだった。いっぽうで、戦後生き延びた関係者を訪ねるご子息の真摯な姿勢にただただ頭がさがる。そして、癒されない当事者らを淡々と切り取る制作者。みごとなドキュメンタリーだった
— ('_') (@shangri_la_19_o) March 19, 2016
番組の契機を作った者として、大田正一を擁護するつもりはない。だが、死んだことになっているのを幸い、責任を一人押し付けられている感はある。戦後書かれた大田像が全てではない。本人は無戸籍のまま亡くなったが、息子さんご夫妻が誠実に父の人生と向き合う姿は本物だ。完全ノンフィクションです。
— 神立尚紀 (@koudachinaoki) March 19, 2016
ETV特集。大田正一は晩年にもう一度自殺を試みていたことが明らかにされる。「戦争責任」という言葉が重く見るものにのしかかってくる。現場のたたき上げだった大田が特攻の発案者であれば死を迫られる兵たちの抵抗が少なくてすむ、大田は利用されたのだと語る戦友もいる。
— toriiyoshiki (@toriiyoshiki) March 19, 2016
今夜のETV特集「名前を失くした父」は凄い番組だった。「人間爆弾」と呼ばれた特攻兵器・桜花の発案者だった海軍少尉・大田正一。戦後、自殺に失敗、名前を変えて無戸籍者として長い“余生”を生きた。戦争に翻弄された一人の男とその家族の物語。全編に異様なまでのテンションが漲った番組だった。
— toriiyoshiki (@toriiyoshiki) March 19, 2016
ETV特集「名前をなくした父〜人間爆弾“桜花”発案者の素顔〜」https://t.co/rtzPUQ0R06「下士官から叩き上げで下の者の気持ちもわかる大田正一だからこそ特攻兵器の発案者にうってつけだった」という当時の生き残りの方々の言葉。たぶんそれも事実なんだろうと思う・・・
— kero (@kero_genki) March 19, 2016
大田正一中尉、普通に考えてクズすぎる問題行動を繰り返してるんだけど、あの戦後のあり方にはむしろ人情というものを感じる
— ATちゃん (@atkyoudan) March 17, 2016
まとめ
今回のテレビで
「素顔と苦悩を息子が探る」そうです。
本名が違ったと聞かされた息子さんも、
只事では無かったと思い、
それ以上聞けなかったんでしょう。
もし自分の父親が同じ状況で自分に話したら?
やっぱりビックリしますし、なぜ今?となるでしょう。
答えは見つからないと思うが、
これからの時代の参考にして、
このような事が
起きない世の中を作らなければいけない。。
テレビを見たいような?見たくないような?
最後までご覧頂きありがとうございました。
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